サラリーマン人生
写真の作品を作るために必死になってると写真に現れてくるのは写真家の人生だと思う。
アラーキーはそうだと思う。
でも自分の生活の基盤は組織の中で戦うサラリーマン。
サラリーマンってのはあまりかっこいい響きじゃないけど、みんな必死に生きている。
何億というお金を動かしながら個人になれば一万とか二万とかでギスギスしている。
もーやめたなんて言っちゃえばプツッと終われちゃうのに意地とプライドで発狂ものの世界で戦っている。
なんつーか、最近、それを写真にしなくて何を撮るんだって思うようになった。
別に職場風景を撮るわけじゃない。
もうそういう人生にどっぷり浸かってるんだから、後はその中で撮りたいと思ったものをただ撮るだけ。
今までと違うのは写真と向き合おうとしてきたところから、サラリーマンをやってる自分の人生と向き合おうってこと。
別に今までサラリーマン人生から目を背けていたわけじゃなくって写真を撮るということと分けて考えていたのが間違いだったってこと。
写真は人生なんてかっこいいことを言いつつ、写真用の人生を取り繕っていたのかもしれない。
写真って良くも悪くも自分の人生しか写らないんだから、ただ撮ってりゃイーって気分になってきた。
それよりも足元のサラリーマン人生とどう向き合うかっての方が重要。
写真はねーその中でただただ無意識に撮ってればいいんだと思う。
それが自分の写真。
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